TIS INTEC Group MAGAZINE

ITで、健康づくりの願い叶えよう。ITで、健康づくりの願い叶えよう。

CROSS TALK #02内田 さやか×山本 勇樹

日常のデータをITで繋げる。健康が当たり前の未来に。

新型コロナウイルスの流行や働き方改革、そして「人生100年時代」……。
様々な角度から私たちは自らの「健康」について考える機会が増えたのではないでしょうか。一方で、私たちの健康意識は時代や文化的背景などによって異なっています。それを表す言葉として「健康観」という言葉ができたほどです。
では、人々の「健康観」を実現するためにヘルスケア従事者は何を考え、どんなことをしているのでしょうか? 本記事は当社の産業医であるビジョンデザインルーム株式会社代表/SAHANA Retreat Spa & Clinic 院長 内田さやかさんをお招きして、当社ヘルスケアサービスユニット ヘルスケアサービス企画部長 山本勇樹とヘルスケア領域で実現したい世の中について対談をしました。

「健康とは“生きるためのツール”である」

そもそも「健康」とは、どんな状態を示すのでしょうか?

山本さん(以下、敬称略):私は現在ヘルスケア領域を担当していますが、その中で、「健康診断で再検査項目がない」、「病院に行ったことない」という人が必ずしも「健康」であり「幸せ」ではないと分かりました。つまり、そういう人たちは広義の「健康」と言われている状態ではないと思っています。
昨今よく耳にする「ウェルビーイング」という言葉にも表れているように、単に身体的な「健康」だけではなく、最近はもう少し広義な「健康」が叫ばれはじめていると認識しています。

内田さん(以下、敬称略):まず、国が行った日本人の健康意識に関する調査では、「健康な状態とはどんな状態だと思うか」を聞いたところ、「病気がない状態」と答える人が多かったのです。
ちなみに、WHOの「健康」という定義には、「身体的な健康」、「精神的な健康」、「社会的な健康」とあり、「社会的に」というのは、働きがいをもって仕事ができているか、社会的に孤立していないか、ということです。3つが満たされて「健康」であるとするのが理想ですが、まだ日本人の認識がそこまでに向いていないことが先述の調査からは見て取れます。4つ目として「スピリチュアルな健康(霊的な健康)」という概念もあり、それは、生きがいを感じられているか、自分の存在意義を感じられているか、という視点になります。

健康という言葉が多様な状態を示す一方で、そこまでの認識が一人ひとりに浸透していないような気がします。今私たちが抱えている「健康」に対する課題感とは具体的にどこにありますか?

※対談はマスク着用で実施し、撮影時のみマスクを外しています。

山本:健康に向き合い切れていない部分ですね。気付いていない、意識していない人がほとんどで、つまりは無関心。もしくは、関心はあるけど行動するに至らない、行動の仕方が分からないという人も多いです。その結果、放置したまま時間が流れ、本人も周りも気が付かないうちに病気になっていたという人もいます。

内田:「健康」の定義を狭く見てしまっているかなと。自分にとって健康とは何なのか、なぜ健康でありたいのか、を考えられていないのではないかと思います。「健康」の大事さを失ってから気付く人も少なくないはずです。確かに、健康かどうかを感じにくいものではあると思いますが、まずは意義を考えてみるのが大事です。「自分にとって仕事とはなに?」ということと一緒です。健康はツールであるはず。みんな「何か」のために生きていて、健康はそのためのツールです。

山本:失ってから気付く健康の大切さってありますよね。「このままだとまずい!」と自覚しないと、アクションに移すのは難しい。きっと、体感しないと当事者意識にならないですよね。

「様々なデータが紐づけば、包括的に健康と向き合える」

体の状態は「実感」しないと認識しにくいということですね。健康に関する情報が数値化、見える化されることが解決の糸口になりそうですが、「健康のデータ化」についての実情を教えてもらえませんか。

山本:課題としては、医療から介護までデータがバラバラに蓄積されていることですね。ですので、それらを有機的につなげたいと思っています。現代はITの進化により、ウェアラブルデバイスなどを通じて取得できるデータが増えています。しかし、そのデータは点在しているだけになってしまっているのが現状です。その点在したデータを一気通貫でつなげることが必要になります。サービスを提供している会社の得意なところ同士をつなげていくエコシステムによって、面で生活者を支えることができたら良い世の中になると思います。誰でもデータ連携ができるように、オープンに標準化された形であるということが非常に重要です。
 当社グループではエコシステムとしてオープンにPHR(パーソナルヘルスレコード)をつなげるヘルスケアプラットフォームというプラットフォームを持っています。PHRとは個人をとりまく健康情報の総称です。もちろん、勝手に吸い上げる訳ではなく、本人の意志で自分のデータがどう使われるのか認識された状態で同意をとり、データを預かり、活用できる状態にします。そこにデータを連携したいという企業が出てきたら、喜んで使ってもらえるプラットフォームを目指しています。

内田:私から見てもヘルスケアのデータは現状、断片的です。例えば、個人のカルテ。病院やクリニックごとにすべて違いますよね。同じ病院内なら同じシステムだからひとつですが、医療機関が変わると毎回既往歴を聞かれます。これはお互いにとってすごくストレスになります。
本来、ヘルスケアに関するデータは人に紐づかないといけないものですよね。過重労働のデータ、検診、ストレスチェック、その人のパフォーマンス……など、全体を知ることができた方が、健康な状態へ導くための指導がしやすいのです。

山本:診察や診療をしていく中で、様々なデータが紐づくことによって、包括的に「健康」に向き合えるということですね。今はつながらないままデータだけ増えている状態です。データだけが増えていくと、そのデータの入力などに時間が割かれ、大切なコミュニケーションの部分に割ける時間が減るという弊害もあります。せっかくデジタル化されているデータがあるなら、それを簡単に持ってくることができる方が良いですよね。病院間のデータ連携や、地域内で生活者を取り巻くステークホルダーがデータを共有できる仕組みを作るとか。
 点在しているデータをつなげることが難しい理由のひとつとして、データの単位が違うことなどもあります。ただ、現在国主導でPHR含め、医療情報、検診情報の標準化の動きがあります。そこへ当社グループが精力的に入り、標準化を支援しています。

「データがあるだけ」では健康に意味がなく、健康のために「データをどう使うのか」が大事ということですね。

山本:そうですね。やはり一過性のデータだけではなく、継続・連続してその人の状態が追えていることが大事で、日常のデータを複合的にくっつけることが必要です。それで初めて、個人の置かれている状態が分かる。これがデータ化するポイントです。そして、データをパーソナライズし、その結果レコメンドし、介入し、通知すること。これがITができることです。しかし、その仕組みだけあっても、行動に移せない人が多い。
 例えば、大勢の前で「散歩します」、「食事に気を付けます」などと宣言をしたとしましょう。そうすると、宣言した手前やらなきゃいけないプレッシャーが生じます。これがポイントです。人とのコミュニケーションとか、人の後押しはその人を動かす原動力になる。同僚、地域コミュニティ、家族など人さまざまですけれど、後押しは大事ですね。
つまり、コミュニティとITが組み合わさると、続けられるし、結果が出る。「健康」になる。ちゃんと成果が出るということです。

「“ストレス状態”にも根拠が必要」

ちなみに、現代日本人にとって「健康」と「働き方」は切っても切れないと思うのですが、日本人はやはり働きすぎなのでしょうか?

内田:実は、日本人の総労働時間は年々下がっていまして、休日も多いのが現状です。そこで考えたいのが、働き方だけではなく、休日を有効活用できているのかという部分です。
働き方に関しては、フレックス、時間休、リモートワークなどが導入され、柔軟になってきています。そこで目を向けたいのが、休日の過ごし方です。長期休暇は効果があることが調査で分かっていますが、その効果は長期間持ちません。休み方にもサイエンスがあって、ある程度繰り返し、長めの休暇がある方が良いというエビデンスがあります。休みの質を高められるよう、国や企業が取り組むことにより、日本人の休みのクオリティが上がるかもしれません。企業としても、ハイパフォーマンスを出す人が、長期休暇を繰り返し取りながらも、末永く働いてくれた方が結果的にはプラスですよね。

休み方を考えるうえで「ストレス解消」が前提になると思います。日々のストレスとはどう向き合うとよいのでしょうか?

内田:大事なのは、その人ごとに違うストレス対処法があるということ。ストレスとの向き合い方は、健康づくりにおいて非常に重要です。対話する中で、「その人に合った方法」や「気づき」が見いだされることも多くなります。
会社などでヒアリングされるストレスチェック項目には、ネガティブな質問が多いのですが、ポジティブなことも聞いてみてほしいですね。「人に親切にできたか」、「笑えたか」、「やりがいを感じたか」、などポジティブ質問もネガティブ質問と同数程度欲しいです。人間って質問されると、「そういう視点が大事なのか」と認識します。ポジティブなものがあれば本人も自己分析のように楽しむことができますしね。そこにテクノロジーが介入し、継続的にできるようにすればいいのかなと思っています。

山本:ストレスはなければいいというものではなく、仕事などで頑張らなければならず、高揚するときは適度なストレスは必要です。ストレス状態とノンストレス状態を行き来することが大事であり、ノンストレスだけがいいわけではないです。
 ストレス状態やメンタルヘルスの状態はデジタルで分かるようになりフィードバックもできるようになりました。しかし、説得力を持ちながら「何を根拠に言っているのか」と個人の行動変容につなげていくためには医師、栄養士、理学療法士など専門職からのフィードバックが必要です。そうすることで安心だし安全だと生活者には思ってもらえますよね。
 私がサービスを出すときにこだわっているのが、根拠や効果の部分は医療従事者にお力添えをいただくという部分で、エビデンスや結果を伝える際には、専門家が必要です。
 

内田:エビデンスの取り扱いはキーワードですね。例えば、「手術」ならエビデンスに基づいた手順があって、資格がある人しかできない。しかし、「ヘルスケア」と少し領域が広がると、色々な人や企業が取り組める。資格が必ずしも必要ではなくなります。エビデンスがないものに価値がないとは言い切れないですし、「科学」が全てではない一方で、エビデンスに乏しいと安全性が担保できていなかったり、信頼感に欠けていたり......そのバランスは課題ですね。
「話を聞いてもらえた」、「理解してもらえた」という喜びが生まれたり、前述の通り質問されることで新たな視点が生まれたり、ということもあります。つまりは「人間としての専門家」が必要になってくるのです。

「多様なデータから人生100年時代の生き方を考える」

最後に、次世代や未来では、「健康」とどう向き合ってほしいですか?

山本:健康に、幸せになる活動が当たり前になっている未来にしたいですね。「健康増進のために!」とかは古い話で、日常生活の中で当たり前に健康への取り組みが行われている状態が理想です。
 現代は、100年生きて当たり前という時代ですから、歳を重ねても、第二・第三の人生を生きてほしいです。その時に、ヘルスケアプラットフォームを活用して、いろいろな健康感を持った人のデータが集まれば、“お手本”にできるケースが出てくると思います。「第二・第三の人生」の手がかりを見つけることができるようになると良いと思っています。

内田:「生きる意味や働く意味って何だろう」と考える時間や気持ちの余裕を持てる未来だと良いなと思います。それから、健康行動を自然に、無意識にできることが大事になってくるのではないでしょうか。簡単なことで言えば、駅の階段にカロリー消費量が書いてあるじゃないですか。あれを見ると、頑張ってみようかなと思いますよね。あれみたいに、生活の中で勝手に元気になる仕組みがあるといいですよね。「無意識に健康になれる仕掛け」が、生活に反映されると良いですね。

※本対談は2022年3月17日に行われた内容です。

内田 さやかSayaka Uchida

心療内科医/産業医/労働衛生コンサルタント/ビジョンデザインルーム株式会社代表/SAHANA Retreat Spa & Clinic 院長
学生時代から社会課題の解決に興味があり、医者の視点から解決できないかと産業医に。大学病院時代に予防医学に関心を持ち始める。

山本 勇樹Yuki Yamamoto

TIS株式会社 ヘルスケアサービスユニット ヘルスケアサービス企画部長
2002年4月入社。製薬業向け業務システム開発を通じ、2016年よりヘルスケア領域の事業企画やオープンイノベーションを推進する責任者に。2018年には東和薬品とのジョイントベンチャー(Tスクエアソリューションズ)設立や、セミナーへの登壇や書籍執筆、福祉系大学の研究員、大学事業創出プログラムのメンターを務めるなど幅広く活躍。