TIS INTEC Group MAGAZINE

ITで、 物理制約を超える社会 の願い叶えよう。ITで、物理制約を超える社会の願い叶えよう。

CROSS TALK #06せきぐち あいみ × 北 直人

社会課題の解決にも応用可能な、XRが秘める可能性。

XR(クロスリアリティ)は現実と仮想世界を融合させる技術の総称です。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)のほかに、近年ではMR(複合現実)、SR(代替現実)といった概念や技術も誕生しています。
その可能性は、教育や医療、介護現場などでの研修やシミュレーションなどに及び、あらゆる分野での活用が期待されています。それだけでなく、今回の対談では「立場を超えた人への優しさや想像力をもたらすVR」といった深い話も飛び出しました。
本記事ではVRアーティストのせきぐちあいみさんをお招きし、TIS常務執行役員・北直人と「XR×ITで実現したい未来」について対談を行いました。

「制約から解き放たれ、なりたい自分になれるのがXR。」

お二人はそれぞれアーティストとエンジニアとして、異なる立場からXRをどのようなものだと捉えていますか?

せきぐちさん(以下、敬称略):VRやXRは将来必ず、私たちの人生の一部になる場所だと思っています。いつ普及するかはVRゴーグルといったデバイスの進化次第ですが、今の時点ですでにどっぷりと多くの時間を過ごしている人もいますから。
私はアーティスト活動以外にも、介護施設などで高齢の人や障がいのある人にVRを体験してもらう活動をしているのですがバーチャル空間での異世界旅行や、思い出の場所へ行く体験をすごく楽しんでもらえます。なかなか会えないお孫さんにも会えるようになりますね。
VR空間の中では男女の壁も年齢の壁もなくなります。国境の壁だって超えて、いつでもどこでも、地域差を感じることなく教育を受けることだってできます。あらゆる社会活動の選択肢を増やしてくれる技術なので、XRが広がる流れは絶対に止まらないと確信しています。

北さん(以下、敬称略):22年にテストリリースしたTISの観光メタバースアプリ「BURALIT(ブラリト)」も実は同じ発想でつくられています。病室にいてあまり外出できなくなったお年寄りが、孫と一緒にバーチャル空間の観光スポットへ旅行できるというのが想定ケースのひとつなんです。

360°実写観光メタバースアプリ「BURALIT」

メタバースに対する期待の一つに「なりたい自分になる」というものがありますよね。容姿や身体能力、お金持ちの家庭かそうでないか、そういった生まれ持ったものや運命的なものを人は「制約」と感じることがあるわけですが、それらから解き放たれて自分のなりたい自分になる。人間である必要すらない。没入感をもってそのような体験できるとなれば、そこは人々が過ごすもう一つの空間になるのではないでしょうか。

「間違いなくXRのブレークスルーは起こる」

そもそもなぜ表現や社会課題解決のためにXRを選んだのか、きっかけを教えてください。

せきぐち:これまで舞台やお芝居、ダンス、YouTubeなどさまざまな活動をしてきた中で、VRの体験に衝撃を受けました。「空間に立体の絵を描けるこのVRとは何なんだ? 魔法みたい、楽しい」と思ったのをきっかけにVRアーティストを名乗って活動を始めました。最初はVR空間上で絵を描く自分の作品になかなか納得できなかったんですけど、やがてSNSで投稿するようになると海外からも問い合わせが来るようになって、仕事が一気に埋まりました。今ではライブペイントのパフォーマンスやアート制作をしているのですが、これまで舞台やYouTubeで経験してきた魅せ方や演出の方法がすべてつながって今に活きています。ライブペイントはリアルタイムに描いている人間がそこに存在することで、デジタルの表現に人間味を補えると考えているので、今後も続けていく予定です。

北:TISの場合、2016年から戦略技術センターでARやVRの技術研究を始めました。私が最初にVRやARと出会ったときに感じたのは、物理世界の体験とは全く異なる没入感や拡張感でした。これまで反応したことのない脳の一部が活性化して集中するような感じで、この刺激はすごいなと。おそらく最初はゲームから普及すると思いましたし、実際に世の中ではそうなっていますけど、やがてメタバースという別空間の生活圏ができあがっていくことを想像すると、XRは将来の事業の核となる技術になり得ると思いました。先ほど話した人々が過ごすもう一つの空間が生まれるわけです。人々の滞在時間の長いところには、広告と商取引が押し寄せます。アテンション・エコノミーですね。そして企業がそこへの参入を競うことになるわけです。

北:スマホだけでは没入感を演出しづらいのですが、かといってHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の技術的な課題はまだあるし、ブレークスルーがいつ起こるのかは意外と分からない。現状あるようなHMDを前提にしてしまうと楽しめる人が限られてしまいます。そのため「BURALIT」は気軽に体験できることを重視して、スマホ用に開発しました。でも間違いなくブレークスルーは起こると期待してよく、そこへ向けて何ができるかを試行錯誤しているのが現在位置ですね。

せきぐち:楽にバーチャル空間へアクセスできるようになるとか、みんながHMDを当たり前に持っている状態になるとか、同じ空間にいる感じを出せるとか、XRが普及するまで超えるべきハードルはまだありますね。

「バーチャル体験が想像力を豊かにし、人生を豊かにする」

XRだけが実現できる価値とはどんなものなのでしょうか。

北:物理世界ではできないことですよね。例えば、BURALITであれば、まだ全国的に知られていない地方のスポットを次々とコレクションしたり、自分なりのツアーをつくって保存して、いつでも取り出したり再生可能にする。自分が作ったコレクションやツアーを他の人とシェアしたり、気になった人のコレクションを見に行ったりする。そうしたアイデアを実装しようとしているのですが、これを実現できるのはデジタル空間ならではです。

せきぐち:ハード面の技術的限界による制約はありますが、想像力次第で無限と言えるくらいに絵の空間を広げられるのもVR空間が持つ特徴の一つですね。
(HMDを装着して、両手にコントローラーを持ち実演してみせながら)このように、描いた絵はコピペができますし、拡大したり縮小したりもできます。さらに、VR空間には奥行きと広がりがあるので、絵の向こう側へ行く感覚も体感してもらえると思います。

Ever Changing Phoenix【VRArtist Aimi Sekiguchi】

北:(描かれる画面を見ながら)すごいですね。外で観ているこちらもHMDを装着して同じ空間で観られたらさらにすごそうです。

せきぐち:そうなんです。実際にお客さんと一緒にVR空間へ入るライブペイントのパフォーマンスは実演したことがあるんですけど、やはりまだHMDを持っている人が少ないことや、インターネット回線の都合もあり同時接続できる人数が限られてしまうんです。

北:(HMDを装着し、VR空間を体験しながら)うわぁ、圧倒的にすごい。HMDで作品を観ると自分と作品が同じ空間に入るので、作品の巨大さを体感的に理解できますね。物理空間においてとんでもない時間と費用がかかるような作品は、アーティストの才能だけでは実現できないわけですが、VRはそのハードルを一気に下げますね。

せきぐち:HMDを装着していると、皆さん手を伸ばしますね。逆にほかのアバターから自分のアバターを触られると、直接の刺激は無いのに、まるで触れられたように感じます。料理動画を観て実際にはない匂いを感じたりすることをファントムセンス(VR感覚)と言いますが、現状の技術でこれだけ触感があるのなら、触覚のフィードバックがダイレクトに得られるような技術進化が起こった先の世界は、すごいことになりそうです。

北:ARでもそうですが、実在しないものに立体的視覚を持ちながら接触すると、触覚があったかのように感じますよね。脳が錯覚を起こす。

せきぐち:その錯覚を活用して、すごくリアルに異性の立場を体験できる取組もありました。知識でしか知らなかったことでもVR空間なら体験ができるので、より現実世界に対する解像度や想像力も上がると思うんですよね。

北:リアルとデジタルのどちらの空間にもそれぞれの価値がありますよね。なりたい自分になった人たちが集まった世界だけを生きたいかというと、それは多分違うんだろうなという気がしていて。現実の世の中にはコントロールできないことがたくさんあって、できないことを受け入れるところから多様性が生まれているのではないか。だから、多様性があるということは多分、過度に制約をコントロールしないということだと思うんです。ある程度ありのままの自分や状況を受け入れた上で、この地球上というか宇宙の中で、精一杯頑張って生きるというのが一つの多様性であると。そのような世界と制約を取っ払った世界が相互に補完し合い、両者の価値が増すんだと思います。

せきぐち:そうですね。不自由なリアルの体験と自由の効くデジタルの世界とを異なる体験として、両方を行き来することで人生をより豊かにできそうです。私は日本庭園をアートの参考にしていて、庭園や巨石を見にいくのが大好きなんですが、自然が何万年もかけて作った石の圧倒的な凄さには、人が作ったものではどうしても敵わないと思います。

北:アートというのは人がつくるものですから、VRともすごく相性がいいのでしょう。アーティストにとって、VRはこれまでに類のないような作品を生み出す想像力を掻き立ててくれるんでしょうね。一方、長い歴史を持つ建物や太古から続く自然に包まれるとき、そこには想像力が働いていて、その想像力が人を謙虚にし、感受性を豊かにしてくれるのだと思います。

せきぐち:XRは本当に、人の想像力を豊かにしてくれます。想像力が豊かになるということは、人生が豊かになることですね。

「XRは間違いなく未来の社会の大きな一部」

これからXRにはどのような未来が待っていると考えていますか。

せきぐち:私はVRとかメタバースには可能性しか感じていません。もちろん、自然から感じる素晴らしさやぬくもり、人に感じる情緒、空気感、気配はまだまだ表現できません。でも、みんなが自由にXRを使える世界は確実に来るし、私はその世界を加速させる一端を担えたらと思っています。先日開いたドバイでの個展もメタバースの美術館にも、国境に関係なく多くの国からお客さんが訪れてくれました。カナダの人と一緒に、まるで隣にいるかのようにVR空間でのアート制作を行ったこともあります。「世界に羽ばたく」という大げさな感覚で意気込まなくても、VRなら目の前に世界がすでに広がっている感覚を味わえるはずです。

北:ディストピアではなく、「楽しい世界」を描きたいですよね。様々な制約から解き放たれたデジタル空間を大いに楽しむ。かといって、デジタル空間だけで生活するというわけではなく、物理空間の制約や不条理も潔く受け止め、時としてそれ自体を面白さに変える。

人間の力でつくられたVR空間はすごく価値がありますが、物理世界は人間だけでつくられているわけではなく、人間はその中のほんの一部でしかない。そういう考え方はどんなに時代が経っても必要だと思っています。物理空間とデジタル空間を両立していく世界がいいですね。

せきぐち:誰もがスマホを日常で使っているのと同じレベル感で、VRにもARにも対応したメガネサイズくらいのコンパクトなXR機器が誕生すれば、爆発的に普及するはずです。そうなれば人間の体の一部くらいに存在感を増していくはずですから、可能性を感じている人は今からでも何かしら触って、携わっていってほしいです。理想の未来は自分たちが作るものだと思います。

北:TISとしてはマーケットができあがってからではなく、マーケットをつくるところからやるスタンスです。私たちは社会課題に取り組んで新しい社会をつくっていきたいと考えていますから、XRもマーケットができあがったあとから参入するのではなくて、自分たちがどういう社会をつくりたいのかを起点に、研究開発も含めて進めていく。これは企業の役割だと思います。XRは間違いなく未来の社会の大きな一部だと捉えて、事業化を進めていきたいと思います。

※本記事の内容は、2023年6月15日時点のものです。

せきぐち あいみAimi Sekiguchi

VR/AR/MR/NFT/メタバース アーティスト。
VR空間に3Dのアートを描く、VRアーティストとして活動中。
アート制作やライブペインティングのステージ公演を国内や海外(アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、UAE、シンガポール、タイ、マレーシアなど)でも行っている。

北 直人Naoto Kita

TIS株式会社
常務執行役員 テクノロジー&イノベーション本部長
1992年、新卒でTISに入社。2018年よりAIやXRなど先端技術のR&Dと新規事業開発の組織を担当。2019年よりテクノロジー&イノベーション本部長を務める。