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サステナビリティ経営の核心:社会とつながり続ける組織が未来を創る

本ダイアログでは、企業経営とそれが社会に果たすべき役割において、促進の要である開示や企業におけるサステナビリティ推進の専門家である増田氏を迎え、企業はどう経営とサステナビリティを融合すべきか、社会と企業が向かうべき方向性について大局的な視点から討議し、客観的な立場で忌憚のないご意見をいただきました。

  • 日時:2025年7月25日(金)
  • 出席者:
    【社外有識者】
    増田 典生氏(一般社団法人ESG情報開示研究会 共同代表理事 兼 日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管)
    【TIS株式会社】
    岡本 安史(代表取締役社長)
    河村 正和(常務執行役員 企画本部長、人事本部長/コーポレートサステナビリティ推進責任者、人材戦略推進責任者)
    【ファシリテーター】
    山口 智彦氏 (株式会社クレアン コンサルタント)

出席者

増田 典生氏
一般社団法人ESG情報開示研究会 共同代表理事
兼 日立製作所 サステナビリティ推進本部 主管

1985年 株式会社日立ソリューションズ入社。2015年4月 株式会社日立製作所へ転籍。2017年度から2019年度までグループサステナビリティ本部企画部長として日立グループのサステナビリティ戦略構築・推進に従事。2020年4月よりグループサステナビリティ本部主管(現任)。2020年6月一般社団法人ESG情報開示研究会設立と同時に共同代表理事に就任(現任)。2022年4月~2024年3月まで京都大学経営管理大学院特命教授。

岡本 安史
TIS株式会社 代表取締役社長

1985年株式会社東洋情報システム(現 TIS株式会社)入社。2011年より執行役員 企画本部企画部長、2013年常務執行役員 ITソリューションサービス本部長、2016年専務執行役員産業事業本部長、2018年取締役 専務執行役員 サービス事業統括本部長などを経て、2021年4月より現職。

河村 正和
TIS株式会社 常務執行役員 企画本部長 コーポレートサステナビリティ推進責任者
兼 人事本部長 人材戦略推進責任者

金融事業本部などを経て、2017年経営管理部長、2020年執行役員企画本部副本部長、2021年より企画本部長、2024年より常務執行役員。2025年4月より現職。コーポレートサステナビリティ、経営企画、財務・経理、IR・SR、コーポレートガバナンス、知財法務、人材戦略などを担当。

ファシリテーター
山口 智彦氏
株式会社クレアン コンサルタント

サステナビリティ経営の“軸”

【河村 正和】

河村:当社グループのサステナビリティ経営は、まず体制を構築し、その上で取り組みとステークホルダーの皆様とのコミュニケーションを繰り返すことで、企業価値向上に結びつける段階へと進めてきました。ESG観点で非財務KPIを設定し進めていますが、今後はコーポレートブランドメッセージである「ITで、社会の願い叶えよう。」および、OUR PHILOSOPHYのMission「ムーバーとして、未来の景色に鮮やかな彩りを」を、どのように事業で体現し、企業価値として結実させるかが重要だと考えています。最近は「社会的インパクト」という考え方が広がり、当社グループの施策をどう数値化し、アウトカムにつなげていくかを模索しているところです。例えば、4つの社会課題*1を掲げつつも、それを超えて、B2B*2の本業を通じ全体として社会にどのような価値を届けているかを、B2B2C*3、さらにその先の社会まで含めて影響を示す必要性を感じています。本業と社会との結節点への理解を深め、どうステークホルダーとエンゲージメントしていくべきか、ぜひご意見を伺いたいです。

増田:貴社の取り組みを拝見して、サステナビリティの取り組みは、まさに経営の根幹に据えられていると感じました。サステナビリティは新しい流行語ではなく、経営戦略・人材戦略・財務戦略など全ての戦略の共通基盤です。私自身も社員に説明するとき、「サステナビリティは本質的に企業活動そのもの。ただし、目先の収益だけでなく、長期的な視野で社会との関係を考えることが求められる。」と話しています。
貴社は10年単位で未来を見据え、中期経営計画に落とし込んでいます。「社会に、多彩に、グローバルに」というグループビジョンも、長期で備えるべき本質的な要素を凝縮して表現されています。掲げられている4つの社会課題は、貴社グループのITと金融の強みが活かせる分野であり、社会インフラとしての役割をよく認識しておられます。サステナビリティ経営の本質は、「社会の持続的発展と企業の持続的成長が不可分である」という認識を組織全体で共有し、日々の意思決定や業務に落とし込むことだと思います。

*1 4つの社会課題…2020年3月期に、160以上の社会課題・事業テーマから、最終的に当社グループが解決に貢献すべき社会課題として特定した「金融包摂」、「健康問題」、「低・脱炭素」、「都市への集中・地方の衰退」。
*2 B2B…Business to Businessの略。企業が他の企業に対して商品やサービスを提供するビジネスモデル。
*3 B2B2C …Business to Business to Consumerの略。企業が別の企業を経由して、最終的に消費者へ商品やサービスを提供するビジネスモデル。

事業はどのように社会と結びつくか

山口:河村さんのお話では、「特定課題解決への集中」から「事業活動そのものが社会課題解決に資する」という議論にシフトされているとのことですが、一方で「今やっていることはすべて何かの社会課題解決なっているだろう」という曖昧で希薄な考えは起きませんか?

【岡本 安史】

岡本:その心配には及びません。私たちはOUR PHILOSOPHYの中で、ステークホルダーとの「価値交換性の向上」を成長の定義としています。ステークホルダーとは、お客様や従業員だけでなく、ビジネスパートナーや株主・投資家の皆様、その先も含めた広い社会そのものです。その視点で改めて我々の事業活動は社会の役に立っているのか、いないのかと自問自答した結果、すべての我々の事業は社会にゆるやかにでも価値をもたらすものであると再確認しました。
だからこそ「なぜこの仕事が社会に意味を持つのか」を従業員一人ひとりが考え続けることが重要です。プログラマーもシステム運用担当も、日々の業務がお客様を通じて社会にどんな影響を与えるのか、それを一人ひとりが考えに考えることで、従業員が自分の仕事に誇りを持てるようにしたいと考えます。掲げる4つの社会課題は象徴的なものですが、他の課題でも同様です。
山口さんの問いにお答えすると、全企業活動と社会へのつながりを意識することは、「社会課題解決意識を希薄にする」のではなく、「自分の仕事の意味をより強く意識できる土壌を作ること」です。人材戦略の共通の軸として、「働く意義」「働く環境」「報酬」を重視していますが、その中でも「働く意義」が最重要です。私は従業員に「お客様を突き抜けて、さらにその先の社会を見てほしい」と強調しています。これが事業と社会をつなぐ思考の根本だと考えています。

増田:B2B2C2S*4という考え方のようにバリューチェーンを分解・可視化し、自分の仕事がどこで社会価値を生むのかを具体的に理解できると、日々の業務の意味が明確になります。日立で言えば、それぞれの事業で、一次カスタマー、二次カスタマー、社会(ソサエティ)の三層構造でインパクトを整理し、定性的・定量的に数値化することで、「自分の業務が社会全体に波及している」と実感できるようになる、この認識が自然なエンゲージメントと誇りを生みます。

*4 B2B2C2S…Business to Business to Consumer to Socialの略。企業が別の企業を経由して、消費者へ商品やサービスを提供し、最終的にはさらにその先の社会へ価値提供しているとするビジネスモデル。

多様な価値観が共鳴する組織へ

山口:従業員の価値観が多様化する中で、自社グループの理念や経営上の考えかたに自分は合わないと感じる人材については、どのような向き合い方をしていますか?

岡本:価値観は人それぞれです。当社の理念や方向性と大きく異なる場合は、本人にも、他の世界、分野で自分らしく活躍してほしいと伝えています。それがお互いにとって幸福です。また、その人が持つ価値観から当社グループが学ぶべきものがあれば、対話を通じて柔軟に受け入れます。
社内には多様な議論の場があり、私自身も「自分の考えが正しいとは限らない」と常にオープンな姿勢で意見を聞くことを心掛けています。

増田:社員と会社の関係は究極的には個と組織の契約です。ネガティブな離職は避けたいですが、ポジティブな退職はウェルカムだと思っています。人材の流動性も組織活性化には必要です。過去の人事現場で「優秀な社員が卒業し次のステージに進むことは、会社が人材を育てた証」と感じたことがあります。離職率は数字だけでなく中身が重要です。

社会的インパクトの可視化と意思決定

【増田 典生】

山口:社会的インパクトの定量化や事業評価指標について、増田さんが取り組まれてきたことを教えていただけますか?

増田:日立では、2019~2021年中計から「社会価値・環境価値・経済価値」のトリプルボトムライン経営を掲げて社会的インパクトの可視化を進めてきました。社内ワークショップで約300の財務&非財務因子を洗い出し、因果関係を整理し、データドリブンな分析を経営企画・人事・IR・財務など横断的に共有する体制を作っています。
事業ごとにポジティブ・ネガティブ双方のインパクトを定量化し、さらに京都大学と共同しての分析で、例えば女性管理職比率の上昇と売上高との有意な相関や、ダイバーシティ推進が結果的に有利子負債比率の低減など財務面にも好影響を与えることも示唆されています。

岡本:定量化できないものも多い中で、全体構造を可視化し、経営の意思決定に活かしておられる姿勢はとても参考になります。一方で、システム導入などが一部には大きな便益をもたらすものの、別の側面では雇用喪失など負の影響を及ぼす場合もあります。私は企業活動のポジティブな側面だけでなく、先ほど増田さんが述べられたネガティブな側面も直視することが大事だと思います。負の影響を理解し、解決策を模索していくことが持続的な経営につながると信じています。

増田:日立では、事業ごとに「財務インパクト」と「社会・環境インパクト」をプラス・マイナスの4象限で整理しています。どちらもプラスなら継続、どちらもマイナスなら撤退ですが、どちらかがマイナスの場合、その負のインパクトをどこまで許容するか、どうプラスに持ってくるのか、それをいつまでにやるか、という判断がサステナビリティ経営であると考えています。

河村:社会との接点や未来へのつながりを感じられるよう、事業計画や投資判断においても「この事業が社会にどんなインパクトを与えるのか」という視点が強まっています。戦略ドメインであるSIS*5など、社会と直接つながる事業だけでなく、クレジットカード基幹システムなど当社グループにとって大きな割合を占めるインフラ業務においても、エンドユーザーや社会にどんな価値をもたらしているかを業務従事者が理解できるストーリーをみんなで共有することが重要です。
最近では、新規事業計画の段階でも「やりたいこと」だけでなく、その事業がもたらす未来を描き、そこからバックキャストして計画を立てるようになりました。この変化が社内カルチャー醸成にも役立っているように思います。

増田:日立でも投融資の判断の際に「社会的インパクト」も判断基準のひとつにして、現場が社会とのつながりを常に意識できるよう工夫しています。

*5 SIS…Social Innovation Serviceの略。当社グループが、グループビジョン2032にて掲げる持続的な成長を実現するための独自の事業活動領域(戦略ドメイン) の中の一つで、社会インパクト指標を掲げ、当社グループが直接的に社会課題解決を行う事業。

サステナビリティ推進の実践知

岡本:サステナビリティと経営、という観点では、経営と現場責任者との対話を重視しています。コーポレート部門に閉じることなく、最前線にいる現場の意見や考え、マーケットの状況等を読み込むことが重要です。グループ全体として社会に向かい合う、その起点は社内の分け隔てないコミュニケーションであると思います。

増田:「フロントライン強化」の姿勢やパートナー企業へのサーベイも素晴らしい取り組みです。現場や顧客だけでなくパートナーの意見が経営に組み込まれることで、全方位的な目線が生まれ、持続性の向上につながります。
また、河村さんが財務と人材の双方の責任者を兼ねておられることは難易度が高いと思う反面、財務と非財務を双方一体で扱われる点で、先進的な取り組みです。

河村:業態上、人的資本が価値創造の源泉として大きな割合を占める中で、それと経営戦略を結び付けていくことが重要と考えます。経営戦略・財務戦略・人事戦略を三位一体で考え、例えば報酬や人材配置もテクノロジーの進化やめざす未来を前提にどのような人材を求めていくのか等を統合的に考える必要があります。当然報酬の向上と業績の向上というようなトレードオフが生じる場面もあり、担当役員としてはどう両立させるかに非常に苦慮しますが、その際にどういう未来を作るかという経営戦略があって初めて投資の意味が生きてくるので、財務・非財務の隔てなく対話を通じて解を見出しています。

増田:資金配分の観点でも財務と非財務の双方のキャピタルが密接に結び付いていることを考えると、個別でなく全体最適をめざすことは大変理にかなっていると感じます。

河村:財務・非財務を横断した施策の例としては、重要視する人的資本において、まずは会社としての土壌・文化づくりに注力すべく、先鋭人材の定義やそのKPI設定と運用が一人当たりの生産性を高め、企業価値を高めることで報酬の向上の善循環を生む、といった人的資本シナリオを設計しています。
重要なのは、頭で考えたきれいな指標を置くことではなく、運用途上で指標の見直し議論を続けることで「生きた指標」にすることだと思います。

山口:お話を伺い、貴社グループは「人」を経営の中心に据え、本当に現場の人たちを大事にしてされていると感じました。本日は本質的な議論ができましたこと、ありがとうございます。

増田:貴重な機会をありがとうございました。企業の原動力である人を起点にしつつも、企業活動の光と影の両面を見つめる姿勢、事業においても社会や未来という視点や時間軸の広がりをお持ちであることがわかりました。これらはまさにサステナビリティ経営の核心です。課題もあると思いますが、今後もさらに社会に対して価値提供を続けていかれることを期待しています。

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更新日時:2025年9月30日 16時38分