企業価値を創造する人的資本の強化に向けて
本ダイアログでは、人的資本理論の専門家である福原氏、労働市場へ造詣が深い瀬野尾氏をお招きし、当社グループの人的資本強化の観点で、具備すべき考え方・すべきことを探るべく、客観的なお立場で忌憚のないご意見をいただきました。
- 日時:2024年7月8日(月)
- 出席者:
【社外有識者】
福原 正大氏 (一橋大学大学院 経営管理研究科 特任教授 兼 Institution for a Global Society株式会社 代表取締役会長CEO 兼 人的資本理論の実証化研究会 共同座長)
瀬野尾 裕氏 (パーソルキャリア株式会社 代表取締役社長)
【TIS株式会社】
河村 正和 (常務執行役員、企画本部長/コーポレートサステナビリティ推進責任者)
林 由之 (執行役員、人事本部長/人材戦略推進責任者)
田伏 裕 (テクノロジー&イノベーション本部 副本部長 兼 デザイン&エンジニアリング部長 兼 開発基盤センター長)
【ファシリテーター】
山口 智彦氏 (株式会社クレアン コンサルタント)

出席者

福原 正大氏
一橋大学大学院 経営管理研究科 特任教授
兼 Institution for a Global Society株式会社 代表取締役会長CEO
兼 人的資本理論の実証化研究会 共同座長
慶應義塾高校・大学(経済学部)卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。
フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)でMBA、グランゼコールHEC(パリ)で国際金融の修士号を最優秀賞で取得。筑波大学で博士号取得。
2000年世界最大の資産運用会社バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現ブラックロック)入社。35歳にして最年少マネージングダイレクター、日本法人取締役に就任。
2010年に、「人を幸せにする評価で、幸せをつくる人を、つくる」ことをヴィジョンにIGSを設立。

瀬野尾 裕氏
パーソルキャリア株式会社 代表取締役社長
2000年インテリジェンス(現パーソルキャリア)入社。派遣事業部長、複数のグループ会社の役員などを歴任し、2017年テンプホールディングス(現パーソルホールディングス)執行役員。その後パーソルキャリア取締役執行役員を経て、2022年4月より現職。

河村 正和
TIS株式会社 常務執行役員 企画本部長 コーポレートサステナビリティ推進責任者
金融事業本部などを経て、2017年経営管理部長、2020年執行役員企画本部副本部長、2021年より企画本部長。2024年より現職。コーポレートサステナビリティ、経営企画、財務・経理、IR・SR、コーポレートガバナンス、知財法務などを担当。

林 由之
TIS株式会社 執行役員 人事本部長 人材戦略推進責任者
1994年入社。証券業界へのシステム営業に携わった後、一度TISを退職して再入社した経歴を持つ。復職後はカード業界の開発案件や新たなサービスモデルを企画推進。現在は人事本部に携わる。

田伏 裕
TIS株式会社 テクノロジー&イノベーション本部 副本部長
兼 デザイン&エンジニアリング部長
兼 開発基盤センター長
2003年入社。主に製造業向けのシステム開発に携わった後、金融系大規模システムのアーキテクト業務を経て2017年より現職。全社の開発競争力の向上につながる施策やITアーキテクト人材の育成活動に従事。
ファシリテーター
山口 智彦氏
株式会社クレアン コンサルタント
一般社団法人CSRレビューフォーラム 共同代表
当社グループの人材における課題と人材戦略

河村:当社グループは、幅広い業種のお客様へのご支援を通じて事業成長してきました。その中でも特に金融系や産業系の大型開発プロジェクト力を強みとしています。近年では、我々の培ってきた知見・ノウハウをベースに、サービス型でお客様の課題を解決する事業も展開しています。さらに地域的には日本に限らずASEAN地域にも進出を果たしており、グローバルでの成長にも取り組んででおります。このような中、グループ全体で2万人を超える人材を活性化していくことが求められ、多様な人材をグループとしてどのように纏め上げていくのかが大きな論点となっています。
この4月からスタートした新しい中期経営計画ではフロンティア開拓を掲げ、付加価値を伴った持続的成長を目指しておりますが、その実現に向けて人材戦略による人材価値向上を最重要テーマとしています。人材戦略においては、特に事業と経営を担う人材に積極的に投資をし、人材を成長させることでお客様や社会への価値提供をしていき、それがまた人材の投資に繋がるという好循環を目指しています。
その指標として、1人当たり営業利益350万円を目標に掲げています。特に重視する人材像としては、上流工程で課題を解決するコンサルタント、フロンティアを開拓していく高度営業人材、総合力を高めるためのITアーキテクトを高い付加価値を創出できる人材と定め、その育成を進めていきます。グループとしてもう一段上を目指す中で、どういった人材像が求められているのかを議論をしたく思います。
当社グループが考える高度人材像
林:高度人材を考えたときに、現状、高度な人材がいないわけではないが、求められるスキルセットが変化してきています。近年、オファリングビジネスに取り組んでいますが、これを主軸にしていくための人材は、我々が従前より取り組んできた受託開発におけるトップスキルを持つ人材とはスキルセットが明らかに異なります。そのようなスキルセットを有する人材を活躍させるには、レガシーな事業と、オファリングビジネスの両方をつなぐことができる人材が必要です。これができるのが高度人材と捉えています。

田伏:私の専門分野であるエンジニア・ITアーキテクトにおいては、技術スタックより応用力が大切であり、様々な顧客やサービスを渡り歩いてきて培われるコミュニケーション力が重要だと考えています。また、業務を続けていれば既存領域であっても、新しいフィールドを開拓する上でも当然困難にぶつかるので、それを乗り越えていくやりきる力が大事だと考えます。そのためにも多様な経験を積む必要があり、その変化を楽しめる力が重要だと考えます 全体を考えると、結局、持続性が必要であり、高度人材だけにフォーカスした採用や活躍だけではなくて、高度なエンジニアを育成していくためのピラミッドを作って、彼らの層別に活躍させていく必要があります。その必要性をきちんと理解してマネジメントするマネージャーは必須だと考えています。
高度人材に求められるスキル
福原:林さんや田伏さんのお話から、高度人材は何かという問いに対して、マネジメントについて言及されていることから、スキルセットや、スキルのレベルだけではなく、コンピテンシーや気質、価値観についても、言語化・定量化を進めていらっしゃると理解しました。さらに、組織全体として高度なエンジニアを育成していくピラミッドを構築し層別に活躍させていく必要性を言及され、その各層に求められるスキルの可視化に挑戦されていると受け止めました。
その観点で言えば、企業活動で有用なスキルは、市場全体で通用するような一般的なものと特定企業においてのみ役立つ企業特殊的なものに分けられるとされています。
今後、ピラミッド構築にむけた採用と育成では、貴社にとって最適な一般的スキルと企業特殊的スキルのバランスを考える必要があります。その際、一般的スキルの陳腐化や企業特殊的スキルが低すぎて活躍できないリスクについての対処も考えていく必要があります。そして特にグローバルでの展開を考慮すると、自社の高度人材の採用から育成に関するあらゆる場面での言語化・定量化が重要であると思います。
林:ご指摘の通りで、我々の可搬スキルの部分はどうしてもITスキルという認識が強く、注力してきた経緯があり、自社に特化したスキルはあまり可視化できていませんでした。これを可視化させようと、昨年度から自社特有のスキルをきちんと定義していくことを目的に「キャリアフレーム」という新しい取り組みを始めました。各フィールドに必要なスキルを定義しており、フィールドはIT系が約6割程度、残り約4割がコンサルティング、営業、プロデューサー等で言語化と定量化を進めています。

高度人材の採用
瀬野尾:私の方では、現場感覚の切り口から一般論も含めてお話をさせていただきます。まず前提として、ご存知の通り社会の構造的に少子高齢化が進行していき、労働人口が減っていく中で、企業の経営者様は、厳しい言い方ですが、“採用できる人はもうそこにいない”という認識をまずは持つべきだと思います。その中で、経営アジェンダの筆頭に「採用」を掲げ、全社で取り組むという意識や、人を採用してから資質などを見極めるようなことではなく、欲しい人材のレベルと資質を明示して、高度人材に選ばれる会社になる、というぐらいの迫力がないと高度人材は採用できません。
貴社の場合、今まさに意識が改善されつつあると感じています。中期経営計画で言及があったような課題解決力・洞察力・統合力というような、ソフトスキル、いわゆるITアーキテクト等のハードスキルではない、顧客特性への理解やコンピテンシーも定義しているとお聞きして、求める人材像をある程度の解像度をもって明確にされているという印象を持ちました。
人材のパフォーマンスにおける寄与要因
山口:新規採用と社内定着の二つの軸で議論を進めるに当たって、人間の成り立ちは遺伝と環境、その割合はどうか、という本質課題について少し議論したく思います。採用は当人における遺伝的なポテンシャルをより注視し、定着は環境により人を変えていくことに注視するということになるかと思いますが、お話しをうかがえますか。
瀬野尾:人材ビジネスに携わる人間として、私は人の可能性を信じ続けたい気持ちもあり、環境によって人が変わるものだと考え、それを目の当たりにもしています。

福原:遺伝なのか環境なのかの観点では、数学能力等一定の能力の遺伝性は否定できないものの、事後的に獲得していくもの多いと言われています。一方、留意すべきは個人の気質は遺伝的な影響が強く、ビッグファイブ※と呼ばれる外向性、開放性、協調性、誠実性、神経症傾向がその代表と言われています。 遺伝的要素が強いものほど、事後的に向上させるのは難しくて、例えば、人間は誰しも外向性を有しますが、その程度が異なり、内向的な人間がコミュニケーション技術を獲得し活用することはストレスが高くなりやすいと言われています。これらの遺伝的な影響が強い要素をどう捉え、施策を考えるかは重要で、単純にソフトスキルを重視しすぎてしまうと、結果的にハードスキルだけある人を潰してしまうということも起こってしまいます。やはりバランスが大切です。
※ ビッグファイブとは、共通言語記述子に基づくパーソナリティ特性の分類法であり、人間の性格と精神を記述する上で一般的に用いられる5つの広い次元を示唆している。5つの次元は、開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症傾向と定義される。
人的資本増大へ向けて
林:一昔前までは、自社のビジネ スはある一方のみを向いていたので、それが不向きの人の居場所はなかったと思います。一方で今は様々な事業形態が増えてきて、かつご指摘されたように人には向き不向きがある、というのはある程度コンセンサスが取れてきていると思います。我々は、1on1の対話を重視していますが、その本質は相手を認めていくことで、部下が、何ができるか、何に向いているか、合う仕事は何か、をしっかりと向き合って話しあうことで、選択肢があるということの共有と選択肢を引き出せるようにしたいと考えています。

瀬野尾:定義されていたITアーキテクトや高度営業人材やコンサルタントなど、その力を価値発揮する人材はどのような性質を有するのかという細かい要件定義が必要ではないかと思います。それは、表面的な対話もしくは職務経歴書などに定型的に記載されるものではなく、例えば、貴社のビジネスモデルで、これまで開発の受託がメインでそれに携わるプロジェクトマネージャー以外の方々は言われたことを計画通りにこなすという人たちであったところ、これからオファリングビジネスを展開する際には、主体的・能動的に取り組む人でなければならない。つまり「こうしたい」と言う人材なのか、「どうしたらいいですか」と言う人材なのか、この考え方の転換が必要です。
「こうしたい」と言う人材をいかに入口で採用できるかが重要ですが、先に私が人は環境で変わると信じたいと言ったのは「こうしたい」と言う人材は環境でも育てることができると思うからです。
人事の方々には大変な手間がかかるとは思いますが、先ほどおっしゃられた1on1を通じて、当人が何をやりたいのかの本音を聞き出し、それを主体的にやらせる。それは各人の多様性を受け入れることになり、さらに「次はこうしたい」という意欲が出てきて、その善循環で高度人材の卵たちはたくさん生まれてくると思います。

林:人事制度では、個人目標(=Must)における自身のWillやCanとの重なりを考え、キャリアプランシートでは自身のWillを考え上司と話し合うなど、様々な仕組みで常に「どうしたい?」を問い続けています。互いの期待を言語化し、意欲の善循環を作り、高度人材の輩出につなげていきます。多様で優秀な人材に選ばれ続ける魅力的な企業に向けては、まだまだ課題があります。
田伏:今日はあらためて厳しい現実を突きつけられた気持ちです。求職者にとって魅力のある企業にどうあり続けるのかをあらためて考え、様々な取り組みを続けていくことが必要だと感じます。
福原:人的資本と企業価値の関係においては、人材にしっかりと投資する人件費の将来価値の高さと相対企業株価との関係はポジティブに有意であるというような研究結果も出ています※。 貴社が先駆けて実施している言語化・定量化が、今日議論したほとんどのトピックに正方向に作用するものと思いますので、徹底的に進めていかれると良いと感じました。
※ハーバードビジネススクール イーサン・ルーエン准教授
河村:本日の対話では、あらためて当社グループにとって採用および人材の定着化の重要性、特にこの厳しい採用競争環境の中で、我々が求めている高度人材をその卵も含めてどう獲得し、人材投資を通じて育成するか、について多くの気づきを得ることができました。当社グループの人材に対する想いを広く社会に伝えるためには経営トップ自ら発信することが自社らしさを生み出し、採用力を高め、ひいては社内のコミュニケーションも高めることを理解しました。